カンボジア人に学ぶ、「恩返し」の作法
同じ仏教徒でも、これだけ違う!
各国の人々との付き合い方の秘訣を探る「グローバル接待の作法」。今回、取り上げるのはカ ンボジア。地雷、内戦というイメージが強い国だが、1998年以降は情勢は安定。急速な経済成長によって中産階級が勃興し、来年にはイオンが巨大モールを オープン予定であるなど、ビジネス面でも注目度が増している。
その一方、仏教徒としての慣習を守る生活、特に「上下関係」や「恩返し」についての考え方には、日本人としてハッとするところがある。カンボジア大使館一等書記官のシム・ヴィリャさんに聞いた。
――カンボジアというと、アンコールワットなどの観光と並んで、やはり内戦のイメージが強くあります。まずは、カンボジアの現状から教えていただけますか?
ヴィリャさん:私はビジネスが専門ではないので、一般的なお話になるということをご理解ください。またカンボジアではクメール人が90%、中国系が1%で、それぞれ考え方は違います。私はクメール人の立場からお話しします。
ご存じのとおり、カンボジアには内戦があり、平和になったのは1998年以降です。1991年にパリ和平調停がありましたが、クメールのゲリラは継
続していた。1998年にフンセン首相のWin-win政策を行って、クメール人の軍隊を消滅させ国の軍と統一し、そこから1998年以降に発展したので
す。
この15年間は経済に集中して成長してきました。2004〜2008年までは毎年2ケタ成長、2009年は世界不況で速度を落としたものの、昨年は7.3%の成長率。世界銀行によれば2015〜2018年までこの成長率を維持できるだろうと言われています。
日本企業がここ2年で倍増
――これだけ成長が著しいと、日本企業の進出も増えていそうですね。
ヴィリャさん:1
人当たりのGDPが1000ドルを超えました。そうするとLower-middle income
statusに変わります。そこで中流階級の購買力がターゲットになり、イオンが来年オープンする予定です。在カンボジア日本商工会の会員は2010年
50社でしたが、2012年には100社となりました。製造業が多いのですが、サービス業、観光業も増えてきています。
しかしながら、過去にタイムロスがあったので、まだまだ若い国なのです。今、成長をしつつありますが、まだ100%投資家の方に応えられなかった
り、不備がある場合もあります。これから改善していきますので、戦争が終わってまだ15年ということを理解していただきたいです。
――15年間で生活はどのくらい変わりましたか?
ヴィリャさん:2000
年ごろにはプノンペンからアンコールワットに行くまでに半日かかりました。それが今では3〜4時間、費用も10ドルぐらいで行くことができます。以前は
「人生に1度アンコールワットに行きたい、でもアンコールワットに行きたいと願うと、大体かなわない」という神話があるほど難しかった。それが、今では1
日で往復できるのです。
私は2000年に留学生として日本に来て、留学生協会で活動をしていました。毎年チャリティ活動として募金を募り、文房具をカンボジアの小学校にあ
げていたのです。その小学校はプノンペンから40キロほど離れたところで、以前はゲリラの拠点であり、危険でとても行けない場所でしたが、今では自由に行
けます。われわれにとって、そこに自由に行けるというのは感動的なことなのです。
――現在は、どこにでも行けますか?
ヴィリャさん:一般的な観光地は大丈夫ですし、以前ポルポト派がいたところにも観光として行けます。イメージを完全に払拭はできないと思いますが、実際に行かれれば感覚としてわかると思いますよ。
プノンペンには地雷があるかと電話で聞かれたことがあります。投資家の方にも知っていただきたいのですが、地雷があったのはタイとの国境沿いや昔の戦闘地などで、観光地やみんなが過ごしているところには地雷はないのです。観光客で地雷を踏んだ人はいないのもそのためです。
カンボジアにも「敬語」がある
――カンボジアは仏教徒が多い国ですね。
ヴィリャさん:は
い。仏教徒ということで日本人とも共通するところが多くあります。カンボジアは90%が仏教徒で上下関係は厳しいです。親に対しては丁寧語を使い、お坊さ
ん、王様に対しては別の言語があります。「食べる」ということばでも3種類の言い方があるのです。日本でも「食べる」「召し上がる」など違いがあるのと一
緒ですね。
もうひとつのメンタリティとしては、家族を大切にすることが上げられます。日本のように独立して家族と別に住むことは少なくて、私も結婚しても親と
住んでいます。結婚すると男性が女性の家に住み込むのが当たり前なのです。ですから娘さんがいっぱいいると大家族になり、逆に男の子だけだと親だけになっ
て寂しくなってしまいます。
――それがビジネス社会にも影響していますか?
ヴィリャさん:仏教徒には「恩恵」「恩返し」という気持ちが強いです。両親、先生に対する「恩」が強い。ビジネス界でも損得だけではなく、長期的な付き合い、人間関係を重視します。信頼関係と人の付き合いが大切なのです。
――どうすれば日本人が信頼関係を結べますか?
ヴィリャさん:日本人は勉強や視察に時間をかけることが多いです。明確な投資があれば話が進みやすいですが、いつまでも調査ばかりでは終わりが見えないので進まなくなります。
――日本人は慎重になりすぎますね。
ヴィリャさん:慎重なのはいい面もあるのですけどね。残念なことに詐欺事件なども中にはありますので、そこだけは注意してきちんと調べるように、大使館でも注意しています。カンボジア人は優しいと言っても、ビジネスの話になればどこの国でも性格が変わってしまいます。
生活のいたるところで「恩返し」
――話を戻しますが、結婚後、どうして女性の家族と一緒に住むのですか?
ヴィリャさん:女性を大切にする文化があるのです。「リーダー」という言葉は「メー」と言いますが、それは「雌」という意味なのです。財布は女性が握って家の財政は女性が管理します。
もう昔の話になりますが、結婚するときには新郎はお嫁さんの家の世話をしなければいけなかったのです。一所懸命尽くしても、不満があったら君はいらないといって放り出されてしまうことがあったほどです。今でも結納金なども多いし、女性の家族と住むのは当たり前です。
家族を大切にすることと、仕事が関連してきますが、カンボジア人はおカネや会社のためではなく、家族のために働くのです。家族との時間が大切なの
で、5時半ぐらいで仕事は終わります。家族を犠牲にしてまで仕事に没頭することを期待してはいけなくて、家族との時間がとれないと辞めてしまいます。縫製
で働く女性は100ドルぐらいしか収入がなくても、その中から仕送りして、祭りのたびに里帰りするのです。
――お祭りが重要なのですね。
ヴィリャさん:大
きな休みはお正月(4月)、お盆(9月〜10月)、その後は水祭り(ボートレースフェスティバル)です。ボートレースフェスティバルはプノンペンが最大
で、3日間お休みになります。全国からボートが集まって、そのときにはプノンペンの人口が倍になるぐらい人が集まります。
お正月は4月13〜16日の間です。お寺に行ったり親に水を浴びせたりして恩を返します。小さい頃は親が身体を洗ってくれたので、お正月は親の身体を洗って恩を返します。おじいさん、おばあさんなどの身体も洗います。
――本当に「恩を返す」ことを大切にしているのですね。「恩を返す」ことはビジネスの面でもありますか?
ヴィリャさん:ビジネスで成功したら、食事会をしたり、プレゼントをするのが普通の感覚です。
嬉しいときには、「心がいいね!」
――お正月に従業員に気遣いは必要ですか?
ヴィリャさん:企業でもボーナスや里帰りの交通費などを出してもらえるとうれしいと思います。「心がいいね」と言われると思いますよ。
カンボジアでは「心がいいね」という表現をよくします、「チェット・ラー・オー」と言います。そのほかによく使う言葉は「オークン=有難う」や「ソックサバイテー?=お元気ですか?」。
――クメール語はとても柔らかい言葉ですね。
ヴィリャさん:「ソック」が「幸せ」で「サバイ」が「楽しい」という意味です。「幸せですか?」ということです。
「チュンリップスー=こんにちは」の「スー」というのが「幸せ」という意味です。直訳すると、「幸せを尋ねます」という意味です。よく聞かれること
として日本の「いただきます」「お疲れさま」「お休みなさい」などの決まった言葉ですが、それはクメール語ではないのです。「よく眠れましたか?」「ゆっ
くりお休みください」などとは言いますが、決まったフレーズはありません。
――本当に言葉がきれいですね。言葉とともに、カンボジアの方には“カルマ”という概念があり、人としての意識もこれに基づくのではないでしょうか?
ヴィリャさん:そ
うですね。自分が悪いことをしたら、将来的に自分に戻るというのが深く根付いています。その心境であまり人に悪いことをしないようにします。「君がいっぱ
い悪いことをしたから、次に動物になりますよ」など仏教の概念です。自分の親に悪いことをしたら、自分が親になったときに子どもに同じことをされる。そう
いう考え方があります。
相手の地位によって、あいさつも変わる
――日本にも輪廻転生という考えがありますが、それがより深く生活に根付いていますね。
ヴィリャさん:年上を敬うこということでは、あいさつの仕方も異なります。
海外に行ったことがない方は握手はせずに、「ソムペア」という手を合わせるあいさつをします。あいさつをする相手の地位によって手の高さが違うので
す。胸の前は同僚、友達、もしくは部下。手を口の辺りにまで上げてあいさつをするのは上司、年上の人。鼻までだと親や先生、おじいさん、おばあさん、額ま
たは頭の上まで上げると、仏教のお坊さんや王様です。高さが4段階あります。
――日本のお辞儀の角度と同じですね。ビジネスでいちばん初めにお会いしたときはどうすればいいですか?
ヴィリャさん:口ぐらいまで手を合わせるのが安全です。頭も少しだけ下げます。年上の方に握手を求められるときもありますが、ソムペアをしてから握手をします。それも目上の方であれば両手で握手します。大きな投資の案件などで大臣にあったりするときはこのやり方の方がいいです。
――お互いに呼ぶときの呼び方はどのようにしますか?
ヴィリャさん:苗
字では呼びません。ファーストネームで呼びます。日本と同じで苗字が先で後がファーストネームです。苗字はおじいさん、おばあさんの名前なので、自分の名
前ではないからお互いにはファーストネームで呼ぶのです。苗字で呼ぶと逆に嫌みになるときもあります。Mr.Msなどで呼びます。公務員などは
「Excellency=閣下」など特別なタイトルがあるので、それは確認したほうがいいです。Excellencyなのに、Mr.で呼んでは失礼です。
――服装にも面白い習慣があるようですね。
ヴィリャさん:は
い、幸福を呼び込むために、曜日によって服の色を変えるのです。「七つの幸福の色」と言われています。たとえば稲作の式典の写真を見ると、みな紫の服を着
ていて、そこから何曜日に行われたかがわかるのです。日曜日は赤、月曜日はオレンジ、火曜日は紫、水曜日は緑のような黄色、木曜日は緑、金曜日は青、土曜
日は濃い紫です。結婚式などもこの色に従ったりします。もし結婚式に呼ばれたときや公式な式典などには取り入れるといいですね。
見下されたら、会社を辞めるかも!?
――ビジネスをするうえでの特徴はありますか?
ヴィリャさん:ビ
ジネス界では法律を細かく守るというのが仕事のスタイルだと思いますが、カンボジアは「何でも話せる」「柔軟な対策は必ずある」という柔軟性を持っていま
す。そこは日本の方が理解できないほどだと思います。何か問題があっても、話し合いをすれば何とか解決策はある、という考えなのです。
カンボジアにはアブサラダンスという宮廷舞踊があります。この踊りはとても柔らかくて柔軟性がありますが、しっかりとしています。それがカンボジア人の国民性を表していると思います。お客さんに対しては柔軟で丁寧でありながらも、芯がしっかりとしているのです。
――武道も伝統があると聞きます。
ヴィリャさん: カンボジアには2000年ほど前から続く古典武道があります。実はそれがカンボジアと日本の友好60周年の記念事業として、7月1日に日本武道館で行われるのです。5時半からスタートで入場無料で誰でも入れますので、ぜひお越しください。
武道はアンコールワットの彫刻にも入っていて、スポーツというより戦争の技です。ポルポト時代に強い人が殺されてしまい、残っている師範が少ないのです。それを今、維持しようとする運動が活発になっています。無形文化財として登録したいと思っています。
――タブーとしてはどのようなことがありますか?
ヴィリャさん:仏教の国なので、頭は絶対に触ってはいけません。初対面などで肩をたたいたりしてはいけない、足を組んで座ってもいけません。上下関係が大切なので、見下すことはとても嫌がります。従業員などが見下す感覚を感じれば辞めてしまうと思います。
――日本では部下に横柄な態度を取ることもありますよね。
ヴィリャさん:見
下されるのはいちばん嫌いなのです。普通に丁寧に話し合って、人の尊厳を保ちながら話しをすることが大切。人の前でしかったりしてメンツを潰してはいけま
せん。日本とカンボジアでは文化が違うので、ミスコミュニケーションがあるのは当然です。でも言いたいことはきちんと言いながらも、丁寧に言うことが必要
です。発展途上国というのは国の問題であって、そこにいる人に上下があるわけではありません。
意外と深い、日本とカンボジアの関係
――カンボジアと日本の関係をどうお考えですか。
ヴィリャさん:両国の歴史は長く、今年は外交関係が樹立して60周年です。カンボジアは樹立の翌年、日本の戦争の賠償請求権を放棄したアジアではまれな国です。
1955年に岸首相、安倍首相の祖父がカンボジア王国に対する謝礼決議案を採決しました。同じ時に日本カンボジア友好条約が決議されました。日本に
はカンボジアの和平復興にも力を貸してもらい、カンボジアの経済発展に日本はとても貢献しました。カンボジアのリーダーたちは「カンボジアの開発と復興か
ら日本は切り離せない」と言っています。
一般的にアジアの日本に対するイメージは、韓国や中国のメディアが報じているものに影響を受けていますが、カンボジアの日本に対するイメージはとて
もよい、友好的な国です。残酷な経験をしていないことも理由かもしれません。ほかのアジアの国とは違う感覚であることを知ってもらいたいです。
7月下旬に一般選挙があって、これは5回目の選挙でした。カンボジアは東南アジアの中で民主主義が進んでいる国です。1993年に1回目の選挙を国
連が行い、その後の選挙は自分たちで行っていて、公平な選挙だと評価されています。この民主主義が進んだことにアメリカの議員も“Miracle”という
言葉を使っています。
――今後、日本に望むことはありますか?
ヴィリャさん:8割の国民が農業を生業としており、2015年までに100万トンの米を輸出したいと計画しています。現状では日本への輸出は難しいので、日本にはブランディングの方法、生産技術などを教えてほしいと思っています。
平和と安定があるので、観光客も増えています。3年間で100万人増えて、今は年間300万人が訪れています。観光客は中国・ベトナム・韓国・日本からが多いのですが、韓国からの直行便が1日2便あるのに対し、日本からは直行便がありません。
カンボジアには世界遺産として、アンコールワットとプレアヴィヒア寺院の2つがあります。今年は世界遺産の国際会議がカンボジアであって、富士山も登録されましたね。
ビジネスの前に一度カンボジアに来ていただければ、よさがわかっていただけると思います。
(撮影:今井康一)